2005年12月29日

Frederica Bernkastel

さて、予告とはちょっと違うけれど。

まずはひぐらしを語る上ではずせない

Frederica Bernkastel

の詩について、謎をまとめていこうと思う。


まずそもそもからして、

Frederica Bernkastel

って誰よ?って話ですね。

オレの推測では、梨花ちゃんの裏人格が名乗る名前だと思っています。

あんまり根拠はないですがね。

以降はその前提で考えています。


まずは鬼隠し編。

どうか嘆かないで。
世界があなたを許さなくても、私があなたを許します。

どうか嘆かないで。
世界があなたを許さなくても、私があなたを許します。

だから教えてください。
あなたはどうしたら、私を許してくれますか?


さて。

一段落目と二段落目は……罪滅し編をやったなら明らかですね。

そう、圭一の勘違いで魅音とレナを撲殺してしまったことを許そう、ということです。

そうなると、あなた=圭一という図式が成立しますね。

では、三段落目はなんなんでしょうか。

あなたはどうしたら、私を許してくれますか?

ということはつまり、何回目かの雛見沢で、梨花が圭一を見殺しにしたか、殺してしまったかのどちらかなのでしょう。



そんなのはなかったって?

いえいえ、罪滅し編の梨花が言っているでしょう?

「………………圭一、これは初めてではないのですよ。覚えていないのですか?……前の時、……ボクにあとわずかの頑張りがあれば、……圭一は間に合ったのです。……今度こそ、間に合わせる……! だから行ってなのですッ!」

レナの学校占拠のクライマックスの時に。さらには、

「この私が死を恐れるとでも? 幾百の死の山脈を越えてきたこの私が今さら何を恐れるというのか。」

それに、レナの隠れ家に梨花が行ったとき。

「でもあえて梨花だと名乗っておくわ。………私も、梨花を自分の呼び名だと思って、かなり長いしね。」
「……へぇ………。…長いって、………どれくらいに………?」
「大したことはないわ。ほんの100年程度よ。」


そしてさらに、暇潰し編での梨花の赤坂への告白。

それらを考慮すると、最低回数でも100÷15=6回(15は考えられる梨花の最高年齢)

最高では100÷5=20回(5は雛見沢連続殺人事件が起こる期間)

繰り返していたことになる。

しかし、オレがプレイしたのは、鬼隠し、綿流し、祟殺し、罪滅しの4つのみ。

最低回数の6よりも少ない。

つまりは、そういうこと。

明らかにオレが知らない雛見沢の話が、ある。ということ。



次に、綿流し編。

あなたの渇きを癒せない。
真実を欲するあなたがそれを認めないから。

あなたの渇きを癒せない。
あなたの期待する真実が存在しないから。

それでもあなたの渇きを癒したい。
あなたを砂漠に放り出したのは私なのだから。


さて、こちらはなんだか詩音へのメッセージのように取れますね。

悟史の失踪の真相を探る詩音。

しかし、わかるのはお魎すらも把握しきれていない雛見沢の暗部があるということだけ。

つまり、

あなたの期待する真実が存在しない

真実を欲するあなたがそれを認めない

ということで納得がいく。

でもそうすると、最後の段落が……どういうことだ?

真実という水を探さなければ死んでしまう砂漠に放り出したということならば……?

しかも放り出したということは、自分の死では犯人探しのヒントにならなかったということかもしれない。

となると、襲撃失敗で打たれた注射のせいで首をえぐって死んだと考えられていた梨花。

その死に様が、自分でわざとやったという線が浮かび上がってくる。

自分でも死を恐れていないと断言しているしね。

いや待てよ、砂漠に放り出した……

見捨てたってことか?

そうなると、罪滅しのレナへの呼びかけに見ることも出来る。

一、二段落も筋は通る。

うーん、あなたがレナと詩音のどっちなのか判断するまでいけないな。


祟殺し編。

井の中の蛙は幸せでした。
井戸の外に何も興味がなかったから。

井の中の蛙は幸せでした。
井戸の外で何があっても関係なかったから。

そしてあなたも幸せでした。
井戸の外で何があったか知らなかったから。


これは沙都子への騙りかけ?

にーにーという井戸に守られた沙都子という蛙。

一、二段落めの興味がなかった、関係なかったのフレーズから、魅音、詩音、レナ、圭一は外れると思う。

そして梨花は自分自身。少なくとも身体を共有している。

だから消去法で行っても沙都子が蛙ということであっているような気がする。


暇潰し編。

誰が犯人かって?
それを探す物語に決まってるでしょ?

誰が犯人かって?
そもそも「何の」犯人か分かってる?

誰が犯人なの?
私をこれから殺す犯人は誰?!


これは誰かへの語りかけというより、プレイヤーへ話しかけているように見える。

二段落目は事件ごとに犯人が違っているかもしれないことを暗示しているのかもしれない。

三段落目は今までループしてきた雛見沢では、犯人を確信するところまでは行っていない、ということを言っている。

しかし、ここで少し考えれば不自然なことがわかる。

例えば、犯人が普通の人間で。

梨花とは違い、ループなどしていないとしよう。

梨花ちゃんくらいの子供を殺すのに、顔を見られないようにするという配慮をするだろうか?

どう考えてもおかしい。もう殺してしまうのだったら、顔など見せても見せなくても変わらないはず。つまり、梨花を殺す犯人は、顔を見せたらマズイことを「知っている」?

これは、犯人が普通の人間であるという前提と矛盾する。

つまり、最低でも6回、最高だと20回ほど梨花が殺されたにもかかわらず、一度も犯人の顔を見ていないことが偶然でないならば、犯人は梨花と同様に雛見沢をループする存在である可能性が非常に高いことになる。

これはつまり、罪滅しで圭一が言っていた悪魔が事実として存在するということと同義じゃないのだろうか。


さて、目明し編。

砂漠にビーズを落としたと少女は泣いた。
少女は百年かけて砂漠を探す。

砂漠ではなく海かもしれないと少女は泣いた。
少女は百年かけて海底を探す。

海でなくて山かもしれないと少女は泣いた。
本当に落としたのか、疑うのにあと何年?


これは結構容易に想像できた。

ビーズ=悟史、少女=詩音

だと思う。

つまり、最後の段落は

散々(詩音が)悟史の死体を捜したけれど、全然見つからなくて。

そもそも悟史は本当に死んだのだろうかと疑いだすのはいつ?

ってことなんじゃないだろうか。

そしてこの詩は、ビーズを落としたかどうか疑うことをしていない少女を嘲笑しているようにも取れる。ビーズなんか本当は落としてないのに、自分の手元にないというだけで、落としたと早合点する少女のそそっかしさを嘲笑しているように取れる。

つまり、これはフレデリカが悟史失踪の事情を知っているか、もしくは関係しているかのどちらかなのではないか?

祟殺しでも梨花は言っていた。

「…悟史ってさ、…こんなにも出来た妹と一緒で、何が不満だったんだ? …俺が悟史だったら絶対に家出なんかしないぞ。」

「……悟史には悟史なりの事情があったのです。…きっと。」


この「きっと」は、なかった場合、あまりにも断定なので圭一に疑われることを考えて付け足したものとも考えられる。上の説だとしても、あまり無理はないように思う。


そして最後の罪滅し編。

一度目なら、今度こそはと私も思う。
避けられなかった惨劇に。

二度目なら、またもかと私は呆れる。
避けられなかった惨劇に。

三度目なら、呆れを越えて苦痛となる。
七度目を数えるとそろそろ喜劇になる。


コレはかなりわかりやすいと思う。

そして、罪滅しが7回目であるらしいということもわかる。

つまり、梨花のループ期間は自分が生まれてから死ぬまで?

母親の手記とも矛盾はないし、それでもいいのかもしれない。

しかし個人的にはバタフライ効果による予定事項の変動があまり見られないことが気になる。

昭和57年までと58年では、変動に差がありすぎるのが不自然。

でもコレがゲームの設定ならば、納得するしかないんだけれどもね。

とりあえず、ループ期間が生まれてから死ぬまでの確率が非常に高くなった。
posted by GIN at 01:43| 岩手 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ひぐらしの鳴く頃に | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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